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札幌地方裁判所 昭和41年(わ)630号 判決 1967年4月28日

被告人 畠山竹司

主文

本件公訴を棄却する。

理由

一、被告人に対する本件公訴事実(本位的訴因)の内容は

『(手続分離前の相被告人)尾島勝正、芦谷和男の両名は、被告人が、中村A子(当二一年)と勇払郡早来町鶴の湯温泉へ同道することを察知していたため、強いて同女を姦淫しようと共謀し、昭和四一年九月四日午前一時頃、右温泉から北西約二キロメートルの通称早来街道上において、被告人運転の車を停止せしめて、これに乗り込み、尾島が同女に対し「やらせろ」と申し向けながら、同女を同車助手席に押し倒して馬乗りになり、同女のパンテイーを脱がそうとしたが、同女が大声で助けを求めたり、折から同所を自動車が通りかかつたりしたため場所を変更しようと考え甘言を用いて、同女を右尾崎、芦谷両名の乗車して来た普通乗用自動車に乗り移らしめて、千歳方面へ向い、同日午前三時頃、千歳市平和国道三六号線千歳空港付近の国道際に、同車を停車させ、芦谷が矢庭に同女にのしかかり、助手席に押し倒してパンテイーを剥ぎ取り、尾島が座布団を同女の顔にかぶせ、両手を押えつけるなどの暴行を加え、更に逃げる同女を道路脇の叢に連れ込んで押し倒し、馬乗りになつてその反抗を抑圧したうえ、芦谷、尾島の順で強いて同女を姦淫したものであるところ、その際被告人は、早来街道上の前記場所において、追尾して来た尾崎、芦谷から「やらせてくれ」と申し向けられるや、「俺と今村がさくら喧嘩をするからその間に女の方へ行け」と答え、尾崎らの乗車していた自動車を運転していた今村孝治と、その場で所謂八百長喧嘩をなし、その間に尾崎、芦谷が被告人の車に乗り込んで、同女を姦淫するのを容易ならしめたが、同女が大声で助けを求めたり、折から同所を通りかかつた自動車があつたりしたため、尾崎、芦谷両名において姦淫の目的を遂げ得ず、更に同所で自車がたまたまパンクして進行不能となるや、尾崎らに対し「今パンク直している間に女を送つて行くふりをして、途中でやつたらよい」と申し向け、同女に対しても、パンクが直らないから尾崎らの車で送つてもらうように勧め、同女を尾崎、芦谷の乗車していた自動車に乗り移らしめるなどして尾崎、芦谷の両名が、強いて同女を姦淫するのを容易ならしめて、これを幇助したものである』

(罪名・強姦幇助、罰条・刑法一八〇条二項、一七七条、六二条一項)というにあり、また、本件予備的訴因は、『被告人は、(相被告人)尾崎、芦谷両名の前記犯行に際し、前記早来街道上において、追尾してきた尾崎、芦谷から「やらせてくれ」と申し向けられるや、「俺と今村がさくら嘩喧をするからその間に女の方へ行け」と答え、尾崎らの乗車していた自動車を運転していた今村孝治と、その場で所謂八百長喧嘩をなし、その間に、尾崎、芦谷が被告人の車に乗り込んで、右中村A子を姦淫するのを容易ならめたが、同女が大声で助けを求めたり、折から同所を通りかかつた自動車があつたりしたため、尾崎、芦谷両名において姦淫の目的を遂げなかつたものである。』(罪名・強姦未遂幇助、罰条刑法一八〇条二項、一七七条、一七九条、六二条一項)というにある。

ところで、証拠によると、本件の被害者とされている中村A子は、昭和四一年九月四日頃、右事実について千歳警察署司法警察員に対しその告訴をなした(書面上は、同月一〇日同警察署司法警察員瀬川勉に対して、告訴の意思表示がなされたことが認められる)が、その後本件公訴提起の前日たる同月一六日札幌地方検察庁検察官牧野雄一に対し、右告訴を取消したことが明らかである。そこで、右告訴取消に伴い、被告人についての訴訟条件に如何なる影響を及ぼすに至つたものと解すべきか、以下考察を加えることとする。

二、そこで、本件公訴事実(本位的訴因ならびに予備的訴因)を検討するに、手続分離前の相被告人たる尾崎、芦谷の両名については、刑法一八〇条二項の特例が認められる罪の実行共同正犯として、起訴されているが、被告人については、右両名による輪姦行為の共謀に加担していない幇助犯として訴追されているに過ぎないことは、明白である。ところで、被告人が、所謂「通称早来街道上」において、右尾崎が被告人の運転してきた車中で被害者に対する強姦行為の実行に着手した時点で、被害者に対する尾崎、芦谷両名の輪姦行為の共謀に加担したと考える余地が皆無とはいえない。しかし、尾崎、芦谷両名と被告人との間に、強姦行為についての事前の謀議ないし相談がなされた事実は認められないこと、被告人は、本件直前において、被害者の同意のもとに、鶴の湯温泉の旅館において同女と肉体交渉をもつて居り、本件は右旅館からの帰途、被告人が被害者をその住居へ送り届ける途中で起つたものであること等の諸点を念頭において、本件各証拠を検討すると、被告人が被害者に対する輪姦行為の共謀に加担した事実を認めることは困難である。

三、(一) 元来刑法一七六条ないし一七九条の罪が親告罪とされているのは、これらの罪が社会の善良な風俗を侵害するものであるとともに、個人の人格的・性的自由をも侵害するものであり、その訴追が却つて被害者の名誉その他の利益を害する場合のあるべきことを考慮し、被害者がその訴追を欲する旨の意思を表明した場合に、はじめて訴追すべきものとする趣旨に出たことは多言するまでもない。ところが同法一八〇条二項において、「二人以上現場ニ於テ共同シテ犯シタル前四条ノ罪ニ付テハ前項ノ例ヲ用ヒズ」として同条項に該当する場合には、とくに親告罪の要件についての除外例を設けている。これは、前記各犯罪が個人の身体及び人格を侵害する暴力的犯罪たる色彩を帯び、殊に、それが輪姦的な形態において犯される場合には、その暴力的犯罪としての兇悪性および反社会性が著しく強度であるため、もはやその訴追を被害者の利益のみによつて左右することは適当でなく、他方、被害者において内心その処罰を望んでいても犯人による報復を怖れて告訴を躊躇し、或は告訴の取消を余儀なくされて、所謂「泣き寝入り」となる事例も少くないと考えられるところから、輪姦的形態において犯されたこれらの罪を非親告罪とし、もつて、この種悪質事犯に対する適正・迅速な取締と処罰をはかり、社会秩序維持の要請にこたえ得るため、昭和三三年法律一〇七号「刑法の一部を改正する法律」によつて新設されるに至つたものである。

(二) しかして、刑法一八〇条二項は、ひとたび輪姦行為が存した以上、そのことから直ちに当該犯罪が非親告罪化し、これに関与したすべての共犯者につき親告罪の特例たる要件を充足するものとする趣旨をも含むと解すべきであろうか。

およそ、一般に、或る犯罪が非親告罪であるか否かは、これに関与した犯人が正犯たると共犯たるとを問わず不可分に決せられるのが原則であり、これについて例外が認められるのは、親族相盗(刑法二四四条)のごとく、一定の身分関係の存在により犯罪の違法性ないし社会的処罰の必要に影響をきたすと考えられる場合のみに限ると考えられている。しかしながら、刑法二四四条は、元来原則的には非親告罪たる犯罪について、特に一定の身分関係の存する者との関係に限定して、これを親告罪としているものであるのに反し、刑法一八〇条二項は、本来親告罪たる犯罪に関し特定の要件のそなわつた場合、その例外を認めているのであつて、原則と例外の関係とが相互に全く逆の形態となつていることに留意しなければならない。そして、刑罰法規において、被告人に不利益な方向への例外規定がおかれている場合、その適用範囲を決するにあたつては、当該例外規定の立法趣旨を尊重すると同時に、その適用範囲を不当に拡張して、刑罰法規の保障的機能をそこねることのないよう深甚な配慮を尽くすべきことは、あらためて言うまでもなかろう。

(三) このような観点から、刑法一八〇条二項による特例の認められる範囲如何を考察するに、同条項の立法趣旨は、叙上のように、事犯の暴力犯罪的兇悪性にもとづく適正・迅速な処罰の必要に存するのであるから、すくなくとも包括的輪姦の共謀者としての刑責を負うべき立場にある者との関係では、前記のごとき公益優先の刑事政策的要請を及ぼしめることの合理性が首肯されるとはいえ(東京高裁昭和四一年二月一四日判決〔下級刑集八巻二号二三七頁参照〕も、右の範囲で同条項の法意を判示したものと解する)、輪姦行為につき共謀なき幇助犯たる被告人のような場合にまで、右処罰の必要を理由に、非親告罪たる例外性がなお維持・推及されるものと断ずるには、すくなからぬ躊躇を禁ずることができない。このことは、本件において、仮りに尾崎・芦谷の両名が未逮捕のまま、被告人のみが起訴されたという事例を考えると将来他の両名が逮捕・処罰される可能性が残つているとはいえ、公益的処罰の必要を理由に、被害者の明示的意思に反してまで、被告人に対し、告訴なくして審判しうるという結論の具体的妥当性をたやすく肯定しがたいことともあわせ考慮すると、なおいつそうその疑念を深ざるをえないのである。

(四) 言いかえると、刑法一八〇条二項は、第一次的には、事犯の客観的兇悪性に由来する処罰の必要を根拠とする特例規定なのであるから、かかる処罰の必要が充たされる限度において、当該事犯についての法律的関与の程度・態様との関連性に応じ、個々の関与者に対する相対的考察の余地を留めているものと解するのを相当とする。このような解釈は、共謀者がいかに多数であつても、交替で現場に現われて姦淫するごとき場合、現場性の要件に欠くるものとして刑法一八〇条二項の適用が認められないこととの均衡から考えても、法感情のうえで十分に首肯できるところである。

四、以上の理由により、本件本位的訴因(強姦幇助)ならびに予備的訴因(強姦未遂幇助)について、被告人には、刑法一八〇条二項の特例の適用が認められない場合に該当するものというべきであるから、被告人に対する本件公訴提起は、その手続が所定の要件たる告訴を経由しない無効のものといわざるを得ず、刑事訴訟法三三八条四号にしたがい、本件公訴を棄却する(本位的訴因および予備的訴因につき、一括して、主文において言渡をする)。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻三雄 角谷三千夫 下沢悦夫)

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